株式会社スシローグローバルホールディングス
2019年に香港に初進出し、わずか1年足らずの間に4店舗を出店した回転寿司チェーン「スシロー」。その勢いはとどまるところを知らない。どのような経緯で香港への出店を決め、商機を手中にし、順調にビジネスを拡大してきたのか。その過程と今後のビジネス展開について、スシロー香港 社長 荒谷和男氏に話を聞いた。
香港の低い税率と優れた物流により、食品輸入が非常に容易です。本社から新鮮な食材を迅速に輸入することができ、日本の本場の味を維持することができます。
大阪創業の昔ながらの寿司屋から国内に550店舗、海外に35店舗を持つ回転寿司企業へと変貌
1975年に大阪で昔ながらの寿司屋として創業したスシローは、1984年に回転寿司事業に参入、日本国内でチェーン展開を開始した。「寿司屋として創業した回転寿司チェーン」、「元々寿司屋なので美味しい」ことを強みとし、品質と味にこだわってきた。スシローは「美味しくて安いものを提供する」というポリシーを貫き、世の中にあふれる高くて美味しいもの、安いが美味しくないものとは一線を画してきた。一切の妥協を許さず、その結果、2011年から9年連続で売上高日本一となる。2019年度には1,991億円の売上高を計上し、国内に550店舗を有する回転寿司チェーンに成長した。
日本国内での出店余地が限られてきたことから、スシローは新たな市場を求め、2011年に海外進出を開始した。韓国ソウルを皮切りに、2018年に台湾、そして2019年にシンガポールと香港に出店。2020年4月現在では、韓国12、台湾16、シンガポール3、そして香港に3つの店舗を展開している。5月には香港で4店舗目をオープンした。
香港進出も日本と同じ戦略で、進出地域は日本と同じ「コメ文化」を持つ国・地域
スシローは香港出店にあたり、「安いだけじゃなく、しっかり美味しい」ことにこだわり、日本と同じ戦略を取っている。「食材に最も注力し、その方向性を変える予定はない」とスシロー香港 社長 荒谷和男氏は話す。海外進出地域の選定にあたっては、日本と同じ「コメを食べる文化」を有する国・地域であるアジアに注目し、韓国、台湾、シンガポールや香港などが候補となった。このようなことから、香港への出店はスシローにとってごく自然な選択だった。
香港進出のため入念なフィージビリティスタディを実施
香港には既に競合他社が多数進出していたので、スシローはしっかり調査をしてから出店した。フィージビリティスタディの結果、香港での日本食への期待値は高く、人気があることが分かった。香港は家賃が高いが、食事については美味しいものにお金を惜しまず使う文化がある。また香港の人口密度(密集度)はアジアの他の都市と比べても圧倒的に高く、人込みでは日本から持参した大きい傘がさせないほどだ。さらに24時間ずっと外に人がいる。「人が多く、外食する頻度が高い。外食産業にとって非常に好ましいマーケットだ」と同氏は語る。
また、香港は日本の農産物輸出先NO.1だけのことはあり、食材はほぼ何でも入手可能だ。台湾の肉・マグロ、韓国の米などとは違い、香港は輸入できないものがほとんどない。関税もかからない。日本の食材をそのまま持ってこられるので、「日本と同じ味を再現できる」と荒谷氏は言う。
香港1号店は繁華街で広い店舗を
スシローは香港1号店を佐敦(ジョーダン)にオープン。いくつかある香港の繁華街の中で「なぜ佐敦?」とよく聞かれたが、繁華街でグロス面積が6,000平方フィートもある広い店舗物件は、佐敦にしかなかった。
香港のショッピングモールの多くは3階までビルの真ん中にエスカレーターがあるため、広い面積の店舗はつくりにくい。また、エレベーターしかない4階以上のフロアは、店舗面積は広いもののお客は上がって来ない。佐敦のビルはエスカレーターがなく、入口とエレベーターもフロアの端にあったので、スシローは希望に近い広さの店舗を確保できた。
1号店出店にあたり一番苦労したのは、やはり出店場所や物件の選定。不動産業者にスシローの求める条件が十分に伝わらず、見当違いの物件を紹介されることもしばしば。物件を数多く紹介してもらい、一件ずつオーナーと交渉を進め、最終的に佐敦の物件にたどり着いた。
オープンしてみると、お客の反応は非常に良かった。開店から閉店まで一日中満席の状態が数か月間も続いた。
5月にオープンした4号店は住宅エリアの黄大仙(ウォンタイシン)に
他に出店したい候補地もあった。例えば、香港島の中心地である湾仔(ワンチャイ)や銅鑼湾(コーズウェイベイ)。しかし、ビルの上層階しか選択肢がなく、いい立地の物件がなかった。中心地は①家賃が高い、②一区画が小さすぎる、③天井が低い、など条件がなかなか合わない。
そこで4号店は、人口が非常に多い住宅エリアである黄大仙(ウォンタイシン)に出店することとなった。マンション階下のショッピングモールの中に、スシロー4号店はオープンした。
香港は非常に反応の良いマーケット
実際に営業を開始し、香港は外食ビジネスをするには理想的な場所だと改めて感じたとのこと。家賃は高いが商品単価も高く、お客が一か所に密集しており、日本発の食べ物に対し反応が非常に良い。「香港は一つのことに対して熱狂的に注目し、素直に反応してくれるマーケットだ」と荒谷氏は語る。
一方で、これは香港が「ブームは起こりやすいが、冷めやすく飽き易いマーケット」であることも意味する。「飽きられないように、絶えず努力する必要がある」と同氏は付け加える。スシローは、香港でグランドメニュー80種類と毎月期間限定で10種類の新メニューを用意。日本で開発したメニューの中から香港で受け入れられそうなもので、品質が良く、食材が入手可能なものを選び、香港で再現している。
メニュー開発を試行錯誤する中で、スシローは日本の店舗で提供したことのある肉を使った寿司や創作料理にもトライした。4月には「肉フェア」を開催し、ベーコンや牛肉などの寿司や創作料理を用意したが、同月月間ではツブ貝の寿司が一番売れるという結果となった。「香港では寿司らしい寿司を出すことが求められており、その中で価値を感じてもらえて、食べたいと思われるように商品力を高め、維持すること必要だ」と同氏は語る。
香港人の特徴について、荒谷氏は次のように纏める。①グルメな方が多い、②好奇心は強いが飽き易い、③コストパーフォマンスに敏感、④本物にしか高いお金は払わないが、自分の選択が正しいと思うものには多くのお金を使う。とにかく、「香港人のお気に入りになることが一番」とのこと。
香港人にとって、スシローが「話題のレストラン」からいつも行っている「馴染みのレストラン」となるよう、日々スタッフ全員で取り組んでいる。「ご来店頂いたお客様をいかに満足させられるか、どのようにしたらリピーターになっていただけるかということを常に考え、商品開発とサービス向上に励んでいる」と同氏は述べる。
香港での広告宣伝はSNSを活用
競合他社も多く、競争の激しい香港の外食業界において、広告宣伝を有効に行うことも大切だ。スシローは、香港では日本と異なる戦略をとる。FacebookやYouTubeなどSNSの活用だ。日本ではテレビや新聞広告が主流だが、香港ではSNSが人気で有用性があることに着目。積極的にFacebookやYouTubeを活用し、頻繁に内容を更新している。その結果、広告宣伝費を抑え、予算を先ずは食材に、そして次に人件費に割り当てることができている。
香港人スタッフは優秀
現在スシロー香港では、本部スタッフは駐在員6名と香港人13名だ。駐在員は今後徐々に減らしていく予定で、香港法人主体の経営管理を目指す。店舗運営スタッフについては、全体で約440名(内、正社員約200名)だ。
店舗運営スタッフの採用は100%自社で行っている。ジョブフェアの開催や、香港の求人サイト(JobsDB, Job Market, Clear times, Open rice, リクルートなど)を活用している。スタッフに紹介料を支払って、知り合いを紹介してもらうこともある。人事担当者が優秀で、幅広く採用活動を行い、新店オープンの際は2-3か月前から準備し、開店までにはきちんと人を集めている。
人材教育・研修については、最初は1号店オープン前に10数名を台湾に派遣し、台湾の新店舗で2か月間トレーニングをした。現在は香港内で行っている。
香港人スタッフとの間で文化のギャップに苦労するという話は、日系企業からよく出る話だ。荒谷氏も耳にしていたので新規駐在者向けのセミナーを受けたことがある。しかし、いざ香港人スタッフと働いてみると、皆まじめで遅刻せずに出社する。遅刻しても、注意すれば次の日からはちゃんと定時に来る。皆、きちんとルールやチームワークを守るし、優秀で物覚えがいい。以前に日系企業で働いたことがあり、マニュアルがしっかりとしている方が働きやすいと思っているスタッフも多い。
「香港の飲食業界で働いている若者達は想像していたよりも断然優秀で、素直で、一生懸命働いてくれる。非常に驚いた」と同氏は語る。香港1号店立ち上げのため台湾に派遣した香港人スタッフは現在では幹部となり、香港での新店舗立ち上げに参加している。まだ20代と若いが、新店舗の店長になっている者もいる。
一方で日本、台湾や韓国に比べると香港の労働基準法はシンプルで、「何時間までしか働かせてはいけない」などの規制がない。だからといって、長時間働かせると辞めてしまう。スシローは日本で厳しく労務管理をしているので、香港でも同様に取り組んでいる。
香港は他国に比べ人件費が高いが、優秀な人材が集まる。スシローは今のところ、現地スタッフの採用や管理についてあまり苦労していない。
問題と上手く付き合い、デモや新型コロナウイルスの影響を限定的に
デモや新型コロナウイルスの流行がスシローの香港1号店オープンから現在まで続いている。2019年後半のデモでは2-3日閉店して売り上げは若干落ちたが、全体としては比較的影響を受けなかった。
続いて新型コロナウイルスが流行した。一日中満席の時と比較して売り上げが何割か落ちるという影響は受けているが、スシローは事業環境が良くない中でも、香港で次々と店舗を出店してきた。問題を抱えながらも、それらと上手く付き合うことで前に進んできた。外食産業界、スタッフ、取引先などから情報をいち早く入手し、早めに判断を下し、迅速に対応していく。これにより影響を限定的にとどめ、良い営業状態を保ってきた。「今後もスシローは同じアプローチを続けていく」と荒谷氏は言い切る。
新型コロナウイルスの流行が続く中でも、スシローの好調ぶりをうかがうことができる逸話がある。スシローの店舗の前では行列ができ、あまりにも多くの人が集まる。そこでスシローは列の一部を店舗前から1階に移動して貰うという対応をとったが、列が長すぎてビルの外まで続き、バス停に人が並んでいるのかと勘違いされたほどであった。
新型コロナウイルスの影響は、売り上げよりもむしろ食材の調達の方に出た。飛行機の便数減により物流が麻痺したことで、本来の輸送ルートを使えない、もしくは本来の輸送ルートでは食材をタイムリーに仕入れることができない、といった事態が出てきた。輸送ルートを迂回させるなどの工夫が必要となり、結果、食材輸送コストが上がってしまった。「安いだけじゃなく、しっかり美味しい」にこだわるスシローとしては、当面、食材輸送コスト増加は受け容れるしかない。
今後もスシローは香港で事業を拡大していく
香港では現在4店舗を展開しているが、利益はまだ思うように出ていない。今後は1年で4-6店舗ずつ出店していく予定で、今年は既に5号店出店まで計画がある。香港全体での最終的な出店数は決まっていないが、大体5年で30店舗程度を目指している。
今後は広い店舗だけでなく、小規模な店舗も展開していく。現在、3号店が最小の5,000平方フィートだが、それ以下の規模でもよいと考えている。形態もフードコートやテイクアウト専門店など、どんな形態でも寿司なら挑戦していきたい。「香港のスタイルとスケールにあった店舗サイズと運営方法で、しっかり収益のとれるモデルを作っていきたい」と荒谷氏は抱負を述べる。
香港での日本人気はまだまだ続く、日本企業に商機あり
香港での日本人気は長い歴史があるが、全然下火になっていない。香港人は日本の商品やサービスが好きなので、日本企業に商機はある。
荒谷氏は、特に日本のサービス業に香港進出を勧める。「外食産業以外にも色々あると思うが、日本の商品を日本のサービスで提供できるような分野にチャンスがある」とアドバイスする。スシローに続き、多くの日本企業が香港で活躍することを期待したい。
Fast Facts
- 1984年創業、日本国内に550以上の飲食店舗を展開
- 香港には現在、4店舗(佐敦(ジョーダン)、黃埔(ワンポア)、茘枝角(ライチーコック)、黄大仙(ウォンタイシン))を出店
- アジアでの事業拡大を計画、次はタイ進出をめざす
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